インフルエンザや肺炎などの感染症にかかると、発熱や発赤、疼痛が起こります。これらの“炎症”は、ウイルスや細菌などの微生物とヒトとの戦いを表すものであり、同時に、障害を受けた組織の修復や免疫の成立過程でもあります。その機序/病態の研究は、様々な“感染症に伴う臓器障害”のみならず、メタボリック症候群、糖尿病や心臓血管病、腎臓病などの治療法の開発にも役立つ事が、判ってきました。私たちの研究室では、“炎症学”を機軸とする微小循環障害と多臓器障害の研究を、基礎医学から臨床医学の領域にまで幅広く行っています。将来、それらの成果を、脳卒中やリハビリ医療、更には国際貢献にも生かせるように、がんばっています。
研究メンバー
- 山口 直人
- 斎藤 和美(附属病院講師)
敗血症性腎不全の病態と治療法の開発
キーワード:敗血症、腎不全、大腸菌、血液凝固、微小循環障害
全身的な重症の感染症(敗血症)を起こすと、腎臓病がもともとないヒトでも腎機能が低下(腎不全)することが知られています。この病態を、実験動物を用いて解析しています。ラットに大腸菌の成分LPS(注)を注射し、その後、腎臓を顕微鏡で観察しました。腎臓の中では血液の凝固の過剰(Tissue Factor, Fibrin)、微小循環障害をもたらす因子(TNF-alpha)、細胞や線維成分を異常に増やす因子(PARs)等が増加しており、これらが腎機能低下の病態に関連していることが推測されました。PAR2拮抗薬という薬(研究開発中)を投与すると、それらの異常な増加はいずれも抑えられる事より、この薬は敗血症性腎不全の治療薬となる可能性が示唆されました。
(注)大腸菌LPS(リポポリサッカリド)腸管出血性大腸菌の細胞大膜に存在する成分。これを動物に投与すると炎症反応が誘発される。

LPSモデルにおける腎臓内fibrin, PARの発現(PARs: protease-activated receptors)

Effects of PAR2 Blockade on Renal TNF-α and TF level
急性呼吸促迫症候群ARDS(注)の病態と治療法の開発
キーワード:急性肺障害、腫瘍壊死因子(TNF)、低酸素血症
新型インフルエンザや重症感染症では、急激な肺障害が起こって呼吸不全で亡くなる事があります。細菌成分であるLPSを動物に投与し、ARDS疑似モデルを作成しました。無治療では肺出血や激しい炎症が観られましたが、あらかじめ腫瘍壊死因子(TNF-alpha)の拮抗薬を投与すると、これらの肺病変と酸素の取り込みなどの呼吸状態に軽減が認められました。炎症過程に重要なTNF-alpha(注1)という物質の働きを早期に抑制することによって、重症な呼吸障害の発症を予防できる可能性が示唆されました。
(注1) 急性呼吸促迫症候群(ARDS) 臨床的に重症の状態の患者に突然起こる呼吸不全の一種。特に発症前後の状態を急性肺障害という。
(注2) 腫瘍壊死因子(TNF-α) 主に活性化マクロファージにより産生される。炎症を起こした細胞の細胞死を促し、炎症を収束させる。

(左)ラット正常肺(中)急性肺障害(ARDS/ALI)の肺出血と炎症(右)抗TNF拮抗薬投与後の肺 炎症の軽減

Effects of PAR2 Blockade on Renal TNF-α and TF level
メタボリック症候群と国際貢献
キーワード:メタボリック症候群、糖尿病、国際貢献
基礎実験からも、重症感染症に伴う臓器障害の病態には、炎症や微小循環障害の関与が示唆されています。同様に、糖尿病やメタボリック症候群などの慢性疾患においても、微弱炎症の持続が、動脈硬化や多臓器障害の病態の背景として、近年注目されています。東南アジアの発展途上国においても、近年、メタボリック症候群や糖尿病の増加が、健康/公衆衛生の脅威になる可能性が懸念されています。医科学センターは、基礎・臨床・社会医学の3領域の学際研究チームとして、学内外/国内外の医療/研究機関とも協力しつつ、これらの問題にも取り組んでいます。

炎症と糖尿病の関連

バングラデシュ農村部における高血圧と脂質代謝異常の割合